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- 山野善正氏『味であって味でない“辛味”‐トウガラシの実態‐』
山野善正氏『味であって味でない“辛味”‐トウガラシの実態‐』
- 2016/7/15
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協会では、医師や専門家による鋭い視点で捉えた、健康と食に関する様々なコラムを掲載しています。今回は、一般社団法人おいしさの科学研究所理事長の山野善正氏に、「味であって味でない“辛味”‐トウガラシの実態‐」について語っていただきました。
山野 善正Yoshimasa Yamano
一般社団法人おいしさの科学研究所 理事長
滋賀県生まれ。京都大学農学部農芸化学科卒業、農学博士。
東洋製缶東洋鋼鈑綜合研究所研究員を経て、香川大学農学部食品学科講師、助教授、教授。評議員、学生部長、農学部長。退職後2005年より現職。この間、アメリカ、オランダ、オーストラリアの大学で研究。専門は食品物理学。フィルム包装食品の加熱殺菌、食品コロイド、エマルション、テクスチャーについて研究。テクスチャーの研究で、食品科学工学会賞受賞。食品企業、化粧品企業等の顧問、種々の公的委員を歴任。また、民間時代レトルトパウチ第1号“崎陽軒のパック入りシュウマイ”の開発を担当。著編書にコロイド、テクスチャー関連専門書の他に、「おいしさの科学(編著)」(朝倉書店)、「おいしさの科学事典(編著)」(朝倉書店)、「おいしさの科学がよーくわかる本」(秀和システム)、「うどん王国さぬきのおいしさ」(おいしさの科学研究所)等がある。
「味であって味でない“辛味”‐トウガラシの実態‐」
1.辛味の代表、トウガラシ(唐辛子)の由来
「山椒は小粒でもぴりりと辛い」「辛い評価」など辛さを豊かな表現に用いることも多い。
そして、辛みのあるサンショウやトウガラシは世界中の料理に用いられている。
かつて、遊牧民を中心に肉の保存性維持も兼ねて珍重されたコショウの原産地はインドとされるが、一方の辛さの代表であるトウガラシは、南米の中央部に発祥地をもつといわれ、そこから西の方へは主としてスペイン人により、東の方へは主としてポルトガル人により世界へと伝播された。コロンブスが持ち帰ったトウガラシはヨーロッパではしばらく注目されなかったが、ポルトガル人がブラジルでこれを発見し、インドを経て、マカオや長崎になど、わずか半世紀の間に世界中に広がったのである。
2.トウガラシにまつわる逸話
「赤とんぼ 羽を取ったら 唐辛子」なる句は、芭蕉の弟子の其角の作とされるが、これに対し芭蕉は、トンボを殺してはいけないと批評し、「唐辛子 羽をつければ 赤とんぼ」に作り変えたという。これは辛さの方の話ではなく、トウガラシ畑の赤色の眺めを感じたものである。トウガラシの赤は植物として強烈な印象を与え、そして辛さの象徴なのである。
3.薬としてのトウガラシ
古くは、マヤ人がトウガラシから薬を作り、痙攣や下痢の治療に用いていたし、歯肉に塗布して歯痛を和らげた。アステカ人も骨の痛みや筋肉痛の治療に用いていた。その後、15世紀末にコロンブスが新大陸を発見して間もない16世紀に、ニコラス・モナルデスというセビリア人医師が、『新世界からの喜ばしい知らせ』という本を著し、その中で、探険家がもたらしたハーブ、木、油、植物、石はどれも珍しく貴重だと述べ、特にトウガラシについて、トウガラシを食べれば、元気になり、心がときほぐれ、胸の病気に効く、更に体の主な器官を温め、体調を整え、丈夫にするなどと絶賛している。ヨーロッパでははじめはスペインで医薬用として広まった。民間療法としてはインドで医学の教義として有名な「アーユルヴェーダ」でも火の性質を持つ生薬として記述されている。
ところで、イギリス出身のアメリカ人医師アーウィン・ジメント博士は独身の頃から、トウガラシについて大変興味を持っており、ご夫人がまだ恋人であったとき、ご夫人宛のラブレターの書き出しに「私の可愛いペッパーちゃんへ」と書いていたという逸話がある。それは、博士の研究テーマであった、去痰剤であるロビットシンの主要成分であるグアヤコールの化学構造がトウガラシのカプサイシンの構造と同じであったからだそうである。
(大塚薬報No.717より転載)